愚痴日記

今を生きる

一週間ランニングした結果wwww

ここ一週間くらい、ほぼ毎日鴨川ランニングしてました。痩せないとなって気持ちと三回目の夏も漫然と過ごすわけにはいかないという焦りみたいなものを感じて始めたのですが、今の所モチベもたもてています。

今回はどんな感じで走っているかとか、感想とかについて書いていきたいと思います。

 

1、服装・装備について

夏なので服装は半袖短パンです。ユニクロのTシャツが速乾性がありいい感じです。

ユニクロ|Tシャツ(5分袖・半袖)|MEN(メンズ)|公式オンラインストア(通販サイト) (これのどれか。よくわかんないけど)

靴は去年の夏に仙台のABCで買ったナイキのランニングシューズです。型番とかは知らん。走るなら軽い靴がいいと思います。

あとはbluetoothイヤホン・スマホスマホをいれるポーチ・家の鍵です。

 

まずポーチですが、これです。どっかのブログで紹介されてたのでポチりました。結構いいです。汗をはじく素材なので汚れにくいし、鍵やスマホといった最低限のものをいれるのにも最適です。さらに有線イヤホン用の穴までついてます。腰紐の調整もしやすいです。

大きさは6.3インチの僕のスマホ(Zenfone5Z)でも入るのでたいていのスマホなら入ります。ただペットボトルとか厚みのあるものは入りません。

 

bluetoothイヤホンはこれ。amazonで一番うれてるやつですね。無線イヤホンは初めてなのでよくわかりませんが、音質とか電池のもちとか悪くないんじゃないかな。満足してます。ただこういう系のイヤホン全般の特徴として走ってると肌とあたってゴワゴワしたノイズがします。慣れれば気にならないけど、嫌な人はスポーツモデルのwalkmanとか買えばいいとおもいます。

 

2、記録について

走るなら記録をつけたほうが絶対いいです。可視化することですね。というわけで記録の付け方ですが文明の利器を使いましょう。スマホです。アプリを2つ入れましょう

 

www.nike.com

一つ目はこれです。定番ですね。走るときにGPSを使って自動で記録してくれます。リアルタイムの速度を表示してくれたりもするので便利です。一番うれしい機能は一キロごとに時間と速度を音声で案内してくれます。これで結構がんばれます。

 

www.google.com

二つ目はこれです。上記のNike run clubと連携して、一日どれくらいのカロリー消費したかとかも教えてくれます。あと勝手に歩いた距離とかを計測してくれるので便利です。もちろんgoogleマテリアルデザインが素晴らしいことは言うまでもありません。

 

3、モチベ管理について

 モチベには二種類あります。一つは毎日走りに行くモチベ、もう一つは走りきる(歩かない)モチベです。

まず前者に関してですが、ツイッターを活用してます。僕はいわゆるツイ廃なので結構有効です。ツイッターに食べたもの、飲んだもの、走った記録を残しています。単純に人に見てもらってる感もそうですが、自分で見ても頑張ってるなあと思えるのでよいです。走ってる場所とか出しちゃってるんで、リアルの知り合いの方に限りますが、よかったらフォローしてください。

twitter.com

あと無理はしないほうがいいと思ってやってます。毎日10kmとかはじめから走るのは無理です。だから短い距離で徐々に伸ばしていこうと考えてます。今はたった3kmですが、はじめから弛れてしまっては元も子もないのでまあいいかと思ってます。なるべく速く走る→距離をのばす→速く走るを交互に繰り返していく作戦です。

 

後者のモチベですが、これは二つあります。一つは距離を明確にすることです。鴨川の場合は橋間のだいたいの距離を覚えておけば、自分がいま何キロ走ったからあとこれだけ走ればいいとかわかりやすいです。距離なんてわからんって人は先程紹介したNike run clubの音声案内がいいモチベになります。

もう一つは音楽です。もちろんただ流しているだけでもいいですが、できれば音楽のテンポに合わせて走れると、一定の速度を保ちやすくて良い感じです。僕はBPM85-90くらいが負荷的に最適だと思ったので、そのテンポの音楽でプレイリストを作りランダム再生しながら走っています。オタクなのでボカロ・アニソンばっかですが Clarisのborderとかコネクトとか、ハレ晴レユカイとかがちょうどいいです。人それぞれなので走って決めるのが良いかと思います。

 

4、変化について

走って変化があったのか、という問に答えることはモチベの面で重要です。

まず身体面に関してですが、ランニング終了後の疲れが明らかになくなりました。走り終えてもすぐに息が整います。心肺機能が多少なり強化されたのでしょう。体重とかに関してはそんなにすぐに結果がでるものじゃないので、続けてみてどうなるかを楽しみにしたいです。

精神面に関してですが、走り終えたあとは謎の自己肯定感がうまれます。俺、生きてる!みたいな感じ。まあ死んだような生活してるのでこれくらいしか生きてる実感がえられないんですよね。そういう意味ではすごくよいです。長期的な面では体の見た目の変化と共に自信がつくのではないかと期待してます。

 

5、最後に

今までは何度か挫折してしまったので、今回とりあえず一週間は続いただけでも割と自信になった気がします。この記事に触発されて走る気になった方は教えてください。Nike run clubで友達になりなって高めあいましょう笑

偉い人

偉い人:自分に向かって生きている人

 

自分も例外ではなく多くの人は他人を向いて生きている。

他人からどう見られるかとか、他人と比べて自分がどうかとか。

全てでないのはもちろんだけどボランティアとかそういう人もいると思う。

ツイッターもその典型(というかふぁぼって機能はダイレクトにそれ)。

あと学歴とか、いわゆるキャリアも。((法的な)契約を有利にするためならまだいいと思うけど、Twitterで自慢するやつとか(俺か))

 

そういう生き方は結局他人と比べてしまって自分が不幸になる。

比較で勝つためには自分があるコミュニティ(広くなれば世界中で)トップにいないといけなくなる。でもそれはほとんどありえない。

 

偉い人は自分を向いている。(と僕は思う)

自分が正しいと思うか(もちろんこのためには自分に軸が必要。軸は経験と想像と対話で養われると思う)、

自分が成長できるか(自分が成長したことを他人にアピールする(マウントをとる)ためではなく)、

とかそういう風に考えて生きてる人。

 

そういう人は他人へ感じる罪はない。自分が自分を正しいと評価できるか否かということだから。

 

神という存在はそれができない多くの人にとって救いのある存在だ。

何が正しくて何が間違っているのかを明らかにしてくれるから。

そして自分が正しいかを評価してくれるから。

 

資本主義というのは競争だから(もちろん資本主義でなくても競争はあるが)、何も考えずに生きてると他人に向かう人生になりがちだ。

だからこそ神がある社会で根付いたのかもしれない。

でも日本人には神がいないから、偉い人になるには常に他人に向かないよう注意して生きなければならない。

 

そうなったらようやく大人になれるのかもな、なんて思ったのであります。

ステータスを見る女性から学ぶ事

www.youtube.com

 

昔はステータスで男を見る女の事が理解できないし気持ち悪いと思っていた。端的に言えば"金持ちが好きな女"みたいなのがすごく嫌いだったのだ。

生理的に無理というやつだったからなぜそう思っていたのかを説明するのは難しいが、一つには人間の代替可能性を感じてしまったからというものがある。「金持ちである」Aさんが好きなのだとしたら、同じく「金持ちである」Bさんも好きで然るべきであり、それだったらAさん固有のものは何も評価されてないのではないかという事だ。加えて言えば、その理屈の先に一番金持ちである人間が一番モテるというような結果が待っているようにしか思えなかったのだ。

だが最近はまあそういうものかと思えるようになって来た。そもそも他人を好きになる(好意を持つ)というのは、その人の何らかを評価しているからであるわけで、それが金を持っていることであっても良いのではないかと考えるようになったからだ。*1

思考実験としてイケメンだけど声は残念なQさんとブサイクだけど声はイケメンなWさんがいたとしよう。顔が見えていない段階だったらQさんよりWさんの方が好感度が高いはずである。しかし顔が見えたらWさんよりQさんの方が好感度が高くなるかもしれない。

つまり人間は与えられた情報に基づいて常に判断を変更しているのである。例えば生きる上で"顔"というものはたまたま表に出て来ているものにすぎないがイケメンというだけで(いくら中身がクズでも)評価されうる。逆にブサイクで初めは評価されなくても、あとで金持ちだとわかれば評価される。そういう表に出ない情報を知ることによっても人は他人に対する判断を変えうるのだ。

むしろ気をつけないといけないのは、(自分自身も含め)人間は見える情報のみによって判断しがちだということかも知れない。あの人は仏頂面だからつまらないとか、そういう決めつけをしばしばしがちだし、そう言った判断はそれより先を知ることを妨げてしまいがちである(つまり話す機会を失わせる)。だからこそ他人とコミュニケーションを取ることは重要だし、逆に自分がそう思われないように日頃から気をつける事が大切なのだと思っている。

 

*1:人間が他人を評価するときにイニシャルの情報というのは結構重要なのではないかと思う。例えば就活のエントリーシートで学歴フィルターをかけられるのと同じくだ。よく内面を知ってもらう前に外面がダメなら意味ないというが、まさにそういう議論である。僕の場合は外面を単に容姿とかそういう意味じゃなくて、何でもいいから興味を引くような事だと思っているから、例えばそれが保有資産額であっても学歴であってもいいと思う。自分に興味を持ってもらうきっかけがあれば良いのだと。そういう意味では「金持ちである」というきっかけで自分を知ってもらうのはありかなと思うのだ。相手が「金を持っている」自分を評価しているのか、「金を稼ぐ能力がある」自分を評価しているのかはその後に考えればいい話である。

他人の話を聞いて気付いたこと

確か大学一年のちょうど入学した頃だったかに、ネットでナンパのやり方みたいな記事読んで、そこに「自分が話すんじゃなくて相手の話を聞いてあげることが重要」みたいなことが書いてあった。別にナンパするわけじゃないけど、なんとなくその記事のことが頭に残っていて、それを読んで以降はなるべく人の話を聞く方に重点をおいてコミュニケーションを取ってきた。

そういうやり方は相手にとって良いだけでなく、自分にとっても合っていると思っていた。僕は自分の話をおもしろおかしく語れるたちでもないし、そのようなことが起こるような生き方をしていないから、何も喋らずに気まずい時間が流れていくよりは相手の話を聞くことでコミュニケーションを取る方が性に合っていると思っていたのだ。マァ実際に相手の反応を見る限りは、その判断は間違っていないように感じる。(認知バイアスなんだろうけど)

でも最近はなんかそれだけじゃ物足りなさを感じてしまって、ついつい自分の話をしてしまうことが増えた。さらに自分の話をすることの楽しさみたいなものを感じるようになってしまった。

自分の話をできて楽しいって何なのだろうかと考えると、やっぱそれは肯定感であると思う。「自分はこんなこと考えてるんだ」とか「こんな事を感じてるんだ」という事を話す事で共感を得ようとするとともに、自分の生きてることへの肯定感とか、自分のやった行為の正しさとかを相手に求めてるんだろうと思う。生きていることへの責任が常に自分に向いていたら、かえってその重さで辛くなってしまうから、それを軽減しようとする行動なんじゃないか。

だからこそ、他人がそうやって話してくれたなら親身に聞いてあげることが重要なんだなあ、などと感じたのであった。

他人は自分を規定する

最近気付いたんだけど、ツイッターで童貞芸(ご存知の通り、芸ではないんだけど)してると、こいつは恋愛の話はできないみたいに思われてしまうみたいだ。自分のやり方次第で相手の行動を変えてしまい、結果として自分の得れた可能性のある情報(のようなものとか)が得られなくなるって怖い。

でも多分、人間が他人を規定するのって当たり前なんだと思う。僕だってあいつには〇〇の話はしないとか意識的または無意識的に決めることはあるわけだし。

この話っていわゆる「人間の裏表」的なものにもつながってると思う。人には裏表というものがあるんじゃなくて、相手によって見せる自分を変えているだけであって、何を見せるかは意識的または無意識的に変えるものなのであるから、そのそも表を見たまま裏を見るなど不可能なのだと思う。(僕の場合は無意識的、というか意識的にどうにもならないところで変えるけど)

まあ何が言いたいかって言ったら、他人意識して生きると疲れるねってこと。(ツイッターはもともと他人を意識しないというのが目標だったんだけどなぁ…)