愚痴日記

今を生きる

関係について

愛されるというのは難しいことだと思う。どうしたら「愛されている」と言えるかの定義を曖昧にしたとしても、他人から相手にしてもらえるっていうことはそもそも努力がいるものなのだ。

人間関係というのは互恵的でなければならないし、そうでないと消滅する。全く話が合わない人と友達になるのが難しいように、友達という関係も「話が合う」とか「一緒にいて楽しい」とかそういうのが根底にある。

恋愛も同じだと思う。遺伝子的な相性でフェロモンのようなものがあるという説もあるが、基本的には人間関係の延長だ。愛してほしいなら愛してもらえるように何かを相手に与えなくてはならない。それは物質的にはプレゼントであり、非物質的には顔の良さとか清潔感とか、まあ色々あると思う。

女の場合は体という、対価としてあまりにもわかりやすいものを持っているから逆に不幸なのかもしれない。体目的なのかそうじゃないのか見分ける目が必要になるし、なによりそのわかりやすい対価に甘んじて他に価値を作ろうとしなくなってしまう可能性がおおきくなるからだ。体目的の男が嫌だと言うなら、自分に体以外の価値を見出さなければならないと思うのだが…

 

人間関係に永遠はないと思っている。個人は、それぞれが思考し欲を持っているから個人なのだ。本質的にはそれぞれが欲したように動くのが当然である。共同体の中で生きる必要がなくなった時代ではなおさらこの風潮は強まるだろう。そういう社会における人間関係はより移ろいやすい。今この瞬間に永遠の関係と思えても、それは個人の欲望によって、または社会の変遷によって移ろってしまうのだ。永遠の関係というのは当人たちの意識と努力によってなしうるものだ。なりゆきで永遠になるわけではないのだ。とても水くさい考えかもしれないが、そういう前提に経てばこそ、永遠にするための努力ができるようになると信じている。