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外食についての考察

前回の投稿からだいぶ空いてしまいましたが、今回は外食について書いていこうと思います。先に断っておくと、この内容は"チラシの裏にでも書いてろよ"的な内容なので、時間がない人は読まない方がいいです。もっとも当ブログを読んでくださっている方々は何か有益な情報を求めているわけではないと思うので、そのような方にも遠慮せずこの記事を書きます。

時間の無駄を助長するような前置きはこれくらいにして本題に入りましょう。

 

人間が生きるには食事を取らないといけないわけですが、一人暮らしの場合は食事を作ってくれる人がいないので、当然のこと自分で作る必要があります*1。でもこれが結構面倒臭い。一時期はレシピ調べて作っていましたが、最近は"うどん・豚ばら肉・豆腐・納豆・もやし"をうまく組み合わせて適当な料理を完成させて食べています。これではもちろん飽きがきます。そこで外食をするわけです。つまり外食の意義とは"自炊が飽きを解消するため"ということになります。

一方で外食をすると金を使います。"豚ばらうどん"なら材料費でせいぜい100円程度ですが、ビックマックバーガーセットなら680円もしてしまいます*2。さらに外食といっても丸の内のOLのランチのような、健康志向の食事をするわけではありません。むしろ太ったアメリカ人が毎日食べてそうなジャンクフードを摂取するわけです。例えば、マクドナルドや二郎系ラーメンのような。だから栄養は偏ります。

 

したがって、これらをまとめると外食とは "お金と引き換えに、脂肪と瞬間的な欲求を解消するもの"だ、ということができます。

これだけ見ると外食とはなんて無駄なものなんだという感じがしてしまいますね。でもひたすら豆腐とうどんだけを食べていたら気が狂ってしまうでしょう。これまさに理屈と現実のずれという感じがします。理屈的に考えたら「脂肪(先進国においては有り余っていてなるべく摂取を控えた方がいいもの)をお金で買う、そして満たされるのは一時の欲望だけ」となれば外食は当然悪いものになります。でも外食をしないとQOLが下がる。その"QOLの低下"という曖昧なものを理屈にできないことがこのことの問題点なのでしょう。

こういう曖昧なものに対する評価基準をいかにしてつけるのか、ということに関しては非常に悩ましいです。"短期的に見れば友人が多いのは面倒臭いことだが、長期的には充足感を持てる"*3とか他にも様々な場面でこういった問題にぶち当たります。結局これに対する答えは出ていないので、誰か名案があったら教えてください。

*1:彼女なる存在に食事を作ってもらう人はレアケースとする

*2:

バリューセット(レギュラー) | メニュー情報 | McDonald's マクドナルド

*3:もちろんこれは人それぞれですが